私の研究活動の簡単な紹介



これは、全くの非専門家のための初等的な解説です。 私が普段どのような事を行っているかを、 周辺の世界と絡ませて解説しました。 一部は、工学部の学生程度の知識が必要ですが、文科系の学生にも 高校生程度の知識があれば分かるようにしたつもりです。 感想、もっとこういう所を詳しくとか、御意見をお待ちしています。


一言でいうと、私の研究は宇宙からやってくる情報の謎を解き明かすことです。

このためには、いろいろな計算も必要になってきます。また、地球上での宇宙人 (=地球人)同士での情報交換 (インターネットもまだ地球外の宇宙人とは交信できない!)、 論文の作成、などで毎日NeXTを使い、計算機と接しています。 でも、この頃は皆さんとのつき合い(つまり、Web作り, 教材作り、課題のメールを見ることなど) のために計算機に使われることが多くなってしまいましたね。

なお以下で、私が主に参加しているのは、チベットでの観測、 スタンフォード大学等との協同研究のGLAST計画、 それに、 気球を用いた宇宙線の観測(BETS)、です。

宇宙からやってくる情報


始めに光あり

太古の昔から人類は天空を眺め、宇宙に思いを寄せていたことでしょう。 彼らの 眺めたのは、星々からの光(目に見える光、可視光線)でした。ある星の光は青白く、 あるものは赤い、また時には光の強さが変わる、など、この光も色々な情報 を運んできています。また、四季の移り変わりとと共に、決まった星が天球上の どこに現れるかなども、暦を作ったり、太陽の回りを回る地球という宇宙像を 作るのに貢献したわけです。


星は昴、ひこぼし。...(枕草子: 清少納言)
少納言はみすを上げて、香炉峰の雪ならぬ、 昴を見たのかもね。

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人間と動物を区別するものは何か? という問いに、「それは星々を見て、宇宙 に思を馳せるのが人間だ」、といった人がいます(狼男は満月を見て、美女を 思うらしいが)。宇宙のロマンはこうして、太古の昔から、光の情報を利用して 語られてきたのです。

光以外にもやってくるものがある!

ことが発見されたのは、20世紀初頭のことでした。その発見とその正体が 何であるかを突き止めるまでには面白い物語があるのですが、飛ばしましょう。 その正体を今では宇宙線といいます。宇宙線の大部分は水素原子の中心にある 陽子ですが、中にはヘリュウムや鉄さらにはウラニュウムなどの重い原子や 電子、反陽子なども混ざっています。 こうした粒子以外にも、電波や紫外線、赤外線、X線、ガンマ線 など光の仲間もやってくることが20世紀になって次々と発見され、宇宙の 新しい情報がもたらされるようになりました。

宇宙線の謎

宇宙線がいったいどこで生まれ、どのようにして地球に到達するのか。宇宙線は 人類が知力と財力のか限りを尽くしても到底作れない、 エネルギーの高い粒子を含んでいることからも、大きな謎です。 (最高エネルギーは人間が作くれる1億倍もあるのです)。 といったことが出発点となる疑問です。こうした問題は、一つを解決するには、同時に 他も解決しないといけないような側面が必ずあります。問題に迫ると、さらに他の 問題が出てくる、といったことも普通です。

どこで作られているか?

太陽はどうだ?
太陽も光以外に紫外線や色々な粒子を放射している ことが分かっています。しかし、太陽からのそれらは宇宙線としては最低エネルギー の部分にあり、謎解きの解にはなりません。
ブラックホールてなのもあるぞ
宇宙線のやってくる方向を詳しく 調べ、その方向にブラックホールとか中性子星とかいった、キテレツな天体候補が あれば、それが生みの親、ということになります。
曲がってしまう宇宙線
しかし、宇宙線の大部分は 電荷を持った粒子で、エネルギーの高い宇宙線でも、宇宙空間にある弱い磁場 (宇宙にもある種の磁石があるんですね)で曲がってしまいます。宇宙線は ほとんど光速で飛んでいます。1年やそこらはマッスグ飛んでいるようでも 1000万年以上も飛んでいるとぐるぐる回転してしまい、 元の方向は全く覚えていません。 (そうです。色々な情報から、宇宙線は 地球に来るまで1000万年以上も宇宙を旅しているんですね。)
曲がらない宇宙線は?
ここであきらめては駄目。宇宙線の中には極わずか(平均的には10万分の1くらい)光 のエネルギーの高いもの--ガンマ線--があります。ガンマ線は電荷を持ってないので 磁場で曲がることはなく、まっすぐ飛びます。そのわずかなガンマ線を捉え、 到来方向を見れば何かが分かりそう。同じ位のエネルギーの粒子とガンマ線が 同時にできるのは大いにあり得ることなので、エネルギーの高いガンマ線を 捕まえれば宇宙線の謎も解ける、という寸法です。

エネルギーの低いX線、ガンマ線を捉える

X線(ガンマ線よりエネルギーの低い光の仲間)もまっすぐ飛びます。 エネルギーの低いX線やガンマ線は地球の大気ですぐ止まってしまうので、 ロケットや気球にあるいは人工衛星に観測装置を載せて観測します。 これで、カニ星雲などの中性子星やブラックホール候補の天体シグナス X3などからX線やガンマ線が放射されていることが判明しました。 こうした事が分かってきたのはここ20年位の事です。

1054年の超新星 の爆発の残骸、カニ星雲。
カニ星雲中心には中性子星がある。ガスのように輝いている
のは爆発で吹き飛ばされた星の残がい。高速電子によって原
子がたたかれ、光を発している。今でも猛烈なスピードで外
側に向かって広がっています。


カニ星雲
上記の写真はカニ星雲で、今から千年近く前に爆発した超新星の残りカスです。 カニ星雲の誕生は日本人にも目撃され、記録があります。 中心には半径10km程の小さな小さな天体、中性子星があります。中性子星の質量は 太陽の1.4倍位です。太陽の直径は地球の109倍。つまり、中性子星は太陽の6000万 分の一の直径しかないのに、太陽より重いのですから、 その異常さが想像できるでしょう。スプーン一杯の重さが10億トンもあるのです。 想像できない? 高さ1000 m 位の 山を一山持ってくると10億トン位あるでしょう。
ブンブン回る中性子星ーーパルサー
カニ星雲の中心ではこの中性子星がブンブン(?)と1秒間に約30回転もしているのです。 本当に音が聞こえるんですよ。 また中性子星はたいてい強力な磁石です。この磁石の強さも、人間が作れる 磁石の強度の1億倍もあるんですね。 こんな異常な世界ならエネルギーの高い宇宙線も 生まれるかもしれません。

人工衛星の限界
人工衛星等で捉えられるガンマ線は宇宙線のエネルギーとしてはごく低いものです。 それは装置の大きさに制限があるからです。 エネルギーの高いものは極端に数が減るので簡単には捕まりません。 カニ星雲ではかなり高いエネルギーまで電子が加速されている間接的証拠はあるのですが、 陽子が加速されている証拠は見つかっていません。 また、カニ星雲だけで宇宙線の全てを説明できる訳でもありません。

X線を放射する天体は数多く見つかっています。しかし、それらが、宇宙線の 故郷である可能性ははっきりしません。やはり、エネルギーの高いガンマ線を直接捉える事が必要です。

エネルギーの高いガンマ線を捉える

宇宙線は大気中で増える
エネルギーの高いガンマ線や粒子が大気に飛び込むと、大気の分子と衝突して 沢山の子供の粒子を作ります。その子供が更に孫を生み、...粒子の数はねずみ算 的に増えます。それらが 100 m 以上にも渡って広がり、地表に向かって進みます。 ですから、小さな検出器をばらまいて置くと、そうした粒子を捉えることができます。 検出には荷電粒子が検出器を通過した信号を捉えるものと、荷電粒子が大気中で 発生する光りを捉える(当然光りは弱いから、月のない真っ暗な夜でないと 検出できない)方法があります。 実は、わたしたちの体も宇宙線が毎秒何個となく貫いているんですよ。

高山で観測する
何れにしても、ばかでかい検出器を大気の上に持って行かなくても、エネルギーの高い 宇宙線を捉える事ができるのです。ただし、エネルギーが目茶苦茶高いものでない と発生した粒子は地表まではあまり届きません。そこで粒子の数がもっとも増える 高山に検出器を置くのが得策だという事になります。 4300 m のチベット高原に観測装置を置いている のはそうした理由からです。ガンマ線は陽子の1万分の1以下しかなく、それを はっきる捉えるのは大変な困難な作業です。

ガンマ線の謎

最近になってガンマ線に関して2つの謎が大きくクローズアップされてきました。
ガンマ線バーストの謎。
ガンマ線バーストとは、短時間に強いガンマ線がある方向から爆発 (バースト)的にやって来る事です。 この現象自体はずっと前にアメリカの軍事衛星で発見されていました。 軍事衛星の目的は、ソ連等で核実験を行った際に発生するガンマ線を捉えて、 秘密裏に行われる実験を発見する事だったのです。その軍事衛星に得体の知れない ガンマ線バーストが検出されたのでした。このことは長らく秘密にされてきました。 科学的研究はここ20年行われてきていますが、データがたまればたまるほど 奇妙な事になってきました。宇宙にはまだ我々の知らない奇妙なことがありそうです。
昔々の銀河からのガンマ線。
ガンマ線バーストの他に、主に人工衛星で近年発見されて話題になっている のは昔々の銀河からやってくるガンマ線です。昔々って、どういうことかって。 ガンマ線は光の一種です。ですから、ある距離走るには一定の時間がかかります。 太陽からやってくる光は、およそ8分昔の太陽から出た光です。ある銀河からガンマ線 が到着するまでに1億年かかれば、そのガンマ線は1億年前の銀河の情報を もたらしているのですね。調べてみると、近くの銀河からはエネルギーの高い ガンマ線は来ないけど、ある種の 何億年も昔の銀河(つまり遠い銀河)の中心(活動銀河核=AGN:Active Galactic Nuclei) から思いもよらないエネルギーの高いガンマ線がやってくることが分かりました。 遠い所から来る光は弱くなります。遠い燈台の光はかすかですね。何億年も かかってガンマ線か到達するということは、発生源ではとてつもない強度の ガンマ線が出ていることになります。たとえば、太陽10万個分とか100万個分とか のエネルギーが出ているといったことになります。
こうした高エネルギーガンマ線の発生機構はまだ解明されてません。 銀河には中心に(太陽を1億個も飲み込んだような)巨大なブラックホールがあ るのが珍しくないようです。 それが囲りの物質(星々)と活発に相互作用して、エネルギーの高いガンマ線を 発生させているのではないかと言う説が有力です。 しかし、ここで発生した、エネルギーの高い陽子は地球まで到達できません。 従って、地球で観測されるエネルギーの高い陽子の起源は別にあるのです。

コンプトン天文台
こうした発見は最近のアメリカNASAの科学観測衛星 コンプトン天文台 (CGRO:Compton Gamma Ray Observatory) の4つの観測装置(EGRET, BATSE, COMPTEL, OSSE)でもたらされたものが多いのです。 なかでも高エネルギーの ガンマ線についえはEGRETと呼ばれる装置が、ガンマ線バーストについては BATSEと言う観測が活躍してます。このコンプトン天文台の総額は 1千億円以上と言われ、今後2度とこのような複合的な装置を 打ち上げる機会はないだろうと言われています。


地球をバックに浮かぶコンプトン天文台


活動銀河核AGN
銀河は単独にあるのではなく、たいてい 群れをなしています(銀河団)。銀河のことをさらに詳しく知りたい人は それを見る方角によって、見え方が異なるのだ、という説 が強くなってきました。基本は中心に巨大ブラックホールがあり、そこに 物質が落ち込ことがエネルギーを出すエンジンの役割をしている、という 説です。AGN(ブラックホール)は物質を吸い込むばかりでなく、AGNからは巨大なジェットが噴き出ています。

GLAST(Gamma-Ray Large Area Space Telescope)計画
ガンマ線の謎を解くには、現在のEGRETで観測されている エネルギーよりさらに高いエネルギーのガンマ線を捉え、また ガンマ線天体も何倍も数を集める 必要があります。そのためには、新しい、大きく高性能な ガンマ線観測装置を作らなくてはなりません。そうした プロジェクトがスタンフォード大学 (神大に較べると天国のような大学!?)を中心に進められ、 将来人工衛星で観測をする機会をうかがっています。 計画の名前はGLAST(Gamma-Ray Large Area Telescope)といいます。 この計画は、おそらく100億円以上かかるので 多くの大学研究所が参加していますが、日本からは 私を含め2名が今の所(1995年秋現在)参加しています。 参加機関、参加者などは、計画の概要 などはここでみられます。 計画の実現には順調にいって10年くらいはかかるでしょう。 実現できるかどうかは現在の所全く五里霧中です

その他の仕事
10年間もただ待っているのはしんどいです。そこで、 こうした観測装置の開発をかねて、もっと小規模な実験を積み重ね、 ある程度面白い結果も出しながら、ガンマ線の観測に結び付ける ような方策もとっています。それは、宇宙からやってくる 電子を観測することです。電子の数はガンマ線より多いので 観測装置をそれほど大型にしなくてすみ、人工衛星を使わずに 気球(重さ500kgの観測装置を付けて上空35km以上に上がる風船です)で 観測可能です。 そうした実験(BETS)も行なっています。 電子を観測すると宇宙線の寿命などの情報が得られます。また電子の中には 反電子があり、その様子から、この宇宙に反銀河系などがありそうか、などの 情報も得られます。今の所、反銀河系などの変わった宇宙はないようですね。

K.Kasahara